月が象徴するもの


周期:27.33日
逆行周期:なし(常に順行)

受容性、感応性、潜在意識を象徴しています。「どのように感じるか」という傾向が、月の位置に現れてくると思います。

月は地球の周りをまわっています。他の惑星から見れば、月と地球は同じ位置にあると言って良いぐらいに近いのです。

きっと月が他の惑星から受けている影響は、私たちが他の惑星から受けている影響と、かなり近しいのではないかと思うのです。

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月とサイン(星座)の関係

牡羊座の月は衝動的です

牡羊座のサインは衝動的な感情を月に与えます。外向きの感情が強く出る傾向が多く、それは多くの場合、喜びか怒りという表現になります。『私はここにいる』というメッセージを発する欲求が強くなるのです。許されるのであれば、その衝動のままに行動したい欲求が強くなります。

他方、衝動的な感情を表に出すことがふさわしくないシーンにおいて、その衝動を隠しておくことがストレスとなり、フラストレーションをためてしまいます。

 
牡牛座の月は職人気質です

牡牛座のサインは現実的な物事へ没頭する機会を与えます。淡々と目の前の事を処理し、片づけていくことを要求します。

他方、目の前の事を着実に積み上げていくことを優先し、方向転換する必要性や、最終的な到達点というものにはなかなか目が向きません。

目の前の事を淡々と行うというのは、実は最終的な到達点に早く近づく方法の一番確実な方法で、一つの大きな才能です。

この事を考えるとき、ミヒャエル・エンデの『モモ』の中に出てくる道路掃除夫のベッポの言葉を思い出します。。

「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん。わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」またひとやすみして、かんがえこみ、それから、「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」そしてまたまた長い休みをとってから、「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶ終わっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからん。」彼はひとりうなずいて、こうむすびます。「これがだいじなんだ。」
 

モモ ミュヒャエル・エンデ作 大島かおり訳 
岩波書店1976年9月24日発行
1989年12月20日第41版
48ページ、49ページからの引用

これはベッポが、とても長い道路を掃除するときのやりかたを語っているシーンの言葉です。とても長い道路を掃除するときに、終わりの事を考えて先を見てしまうと、その途方もない長さに焦り、慌てて、急いでもちっとも道路掃除が終わらないので、途方に暮れ、へこたれてしまうのだけれど、つぎの一掃き、次の一歩の事だけを考えて仕事をしていると、いつの間にか終わっているというお話です。

 
双子座の月は落ち着けません

双子座のサインは月に目まぐるしさを与えます。様々な可能性を提示され、どこに集中してよいのかがわからなくなってしまうのです。

新しい情報が次々と入ってくる中で、一つ一つに驚きや関心、あるいは感動を覚えたとしても、それぞれは充分に月の感情を刺激するのですが、双子座のサインの中では、継続して突き詰めていくことが困難になります。

表面的な物事に囚われ、その内側に本質があるように感じていても、双子座のサインはそれを深める暇を与えてくれません。

月にとっての双子座は、メニューが豊富なレストランのようなものです。ハンバーグもあればラーメンもあります。少しページをめくるとなぜかスリランカ料理まであったりします。意外と餃子がおいしかったりもしますし、今日の店長のおすすめはボルシチだったりします。驚きに満ち溢れてはいるのですが、何が何だかわかりません。

 
蟹座の月は安堵感を探します

蟹座のサインは月にとってのホームです。心落ち着く場所となります。気心の知れた仲間と過ごすひと時を大切にして、くつろいだ時間を過ごすことができます。

蟹座の月を考えるとき、月が自分自身が守られているということを感じるとき、安心と安堵を手に入れているという点に着目する必要があります。月にとって外の世界がタフでハードなものであったなら、居心地の良い場所を手放したくない欲求、殻にこもってしまう欲求から逃れることが困難になります。

 
獅子座の月は自意識を持ちます

獅子座のサインは月に自信を与えます。獅子座のサインは自尊心と自意識が芽生えるサインです。自分が中心となることに、ためらいと怯えはありません。

自信とは自分自身への自分の能力に対する信頼です。それはそれだけで十分心地よく、陶酔できるものですが、自尊心と自意識を真に満足させる為には、他の存在が欠かせないということを月は知っています。他者からの承認を得るための最も簡単で短絡的な方法は、分け与えることです。

特に何か問題を感じていないとき、いちいち何か問題を探して本質的な解決が必要かどうかを考えることはありません。目の前に短絡的な、より自分を居心地良くしてくれる方法があるのであれば、それに飛びつくのは当然のことです。

 
乙女座の月は反省します

乙女座のサインは月に反省を求めます。本能的に感情に任せて動くことを戒め、論理的に動くことを求めるのです。一時の感情に任せて動いたことを分析し、どうすべきであるのかを理解し、同じインプットであれば、同じアウトプットがなされるように求めます。

同じような状況に対して違う答えが出た時、何が原因であったのかを分析する作業を通して、その時の状況や感情を理解するのですが、常に同じ状況で同じアウトプットを出し続けるということにこだわりすぎると、時に自分自身を委縮させ、機械的な、無感情なものにしてしまいます。

 
天秤座の月は控えめです

天秤座のサインは節度を求めます。他とのバランスを求め、上手くやっていくために感情を抑えることを求めるのです。

協調し調和するということは、落としどころ探るということでもあります。そのためには先入観、決めつけというものは、相手に対する先入観であったとしても、自分自身に対しての先入観であっても、こだわりや決めつけを生み、バランスを崩す元凶となります。

自分自身への信頼という先入観は情熱の大きな原動力の一つです。あるいは自分自身への疑念という先入観は慎重さの源泉の一つです。あえてそれを抑えてあるいは振り切って、外部と調和していくことを求められたとき、最善の手段を模索するためにはそれが必要だったとしても、迷い、悩み、フラストレーションが生じます。

 
蠍座の月は思い込みます

蠍座のサインは月に矛盾を感じさせます。蠍座のサインの中で月は、他者とのギャップを認めながら、共通点と共感できる感情を模索することを求めます。

相互理解が最終目標である点では月と蠍座の共通目標であることは間違いありません、相互理解のために違いを認めるというプロセスが苦痛となります。『自分は相手の事を理解しているはずだ』という思いと『相手は自分の事をわかってくれるはずだ』という思い。この思いが強ければ強いほど、ギャップが発生した時に、『なぜそのギャップが起こるのか』を理解し難くします。

この時、実は一番認めたくない現実は『自分が相手の事を理解しているはずだ』という思いが間違っているということです。そのため、自分が思い描いていることと目の前の事に矛盾があるように感じてしまうのです。

 
射手座の月は満たされません

射手座のサインは月に孤独を感じさせます。射手座のテーマは真理の探究です。高度な知識、真理を探究することを求めます。感情や感覚を超えた不変的なものが在るとして行動することになります。相互理解の中で自他に違いがあることを認めますがそれでも、絶対的に分かり合える真理があると信じて行動するのです。

逆説的に、絶対的に分かり合える真理が見つかっていないからこそ、それを探すのです。共感と調和を求めて真理を探究するのですが、自分自身の中にそれを探してしまうことで孤高の存在になってしまうために孤独感を強め、それを解決しようとしてますます真理の探究に没頭し、探求することに逃げ込みます。

自分の物語において自分が主役であることは間違いがないのですが、自分の物語は他人の物語と重なり合うということを理解する必要があります。しかし、やはり自分の物語は自分のものだということにこだわらずにはいられないのです。

 
山羊座の月は生真面目です

山羊座のサインは月に堅苦しさを与えます。乙女座以上に協調することを求め、ルールからはみ出すことを禁止します。

土のサインの中で始動の様相を示す山羊座で月は、忍耐を学ぶことを求められるのです。次に来るサイクルへ向けて、自分を殺して他者を引き立てることを学ぶ必要があります。引き立て役に徹しながらも自分の個性を発揮することを覚えた時、強く輝くわけではなく、いぶし銀の輝きを放つのかもしれません。

自分自身が輝くわけではないことに堅苦しさ、息苦しさを覚えるかもしれませんが、淡く輝くことが月本来の持ち味であり、本領であるはずなのです。

 
水瓶座の月は献身的です

水瓶座のサインは月に奉仕を求めます。献身的なまでの全体への貢献を要求されます。月は引き立てるべき相手、助けの手を差し伸べる相手については充分にわかっています。もちろん水瓶座のサインのテーマである平等についてもよく分かっているつもりです。ここまでの旅の中で、個々を救い上げること、個別の(あるいは小さな社会で)関係性を持つことについて月は学び成長してきています。

しかし水瓶座で月が学ぶ事柄は、救うべき相手を引き上げるのではなく、全体が変化していかなければ、多くを救うことはできないということです。水瓶座のサインで月が本当に対話しなくてはならないの相手、それは救い上げる対象ではありません。問題の原因を作っているものと戦うことでもありません。本当に月が対話することを期待されているのは、無関心でいるものたちです。

個々の事柄について深い関係を持つことは決して水瓶座のサインのテーマと矛盾するものではありません。しかし水瓶座のサインはそれを全体へと拡張していくことを求めるため、月はそれをどのように行えばよいのか、その方法について戸惑いを感じてしまうのです。

 
魚座の月は受容します

魚座のサインは月に理解を求めます。魚座のサインのテーマは月に様々な感情を受け入れることを要求します。それは、好意的な感情だけではなく、否定的な感情であったり、月とは直接に関係のないネガティブな感情(あるいはポジティブな感情であっても)であったり、ともかくありとあらゆるものを受け入れ、理解し、許すことを求めます。

魚座において月はそれらの自分にはない感情についても、共感しようとしてしまいます。しかし共感して同調してしまうことで流され、ともすると自分の輝きを殺してしまいます。魚座における本来の月の成長のテーマは、同調して同じものになるのではなく、確たる自己を保ったうえで同調し波長を調整し融和しながら、ハーモニーを奏でていくことです。

 

 

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