‐Hey Jude‐
The Beatles(1968-8-26)
「サイドカー、ロックスタイルで」
女が一人入ってきてそう注文すると、パソコンを開いて何やら深刻な表情をしていた。
那音はシェイカーを振り、そっと彼女の前にグラスを置いた。
僕は女の腰のラインに見惚れていた。
那音は不満そうな顔をして「ねえ、あなたの蜘蛛に名前はあるの?」
「Judeっていうんだ。」
「あらかっこいい名前。Hey Jude。挨拶遅くなってごめん。よろしくね。」
那音が多分わざと彼女の胸元が僕の目に入るように身を乗り出して、ギムレットのグラスの上をうろちょろしているJudeを指でつつくと、Judeは那音の胸元にぴょんと飛び、師匠とじゃれている。
「師匠って、名前あるの?」
「師匠は師匠よ。」
「それが名前?」
「そう、これが名前。」
「これもおばあちゃんの話なんだけどね。蜘蛛って、願いをかなえてくれるけど、その人の本当の願いはかなえてくれないんだって。」
「この間、あなたが言ったみたいに、自分のしあわせは自分でつかみに行くものだから、そこは導いてくれるけど、かなえてくれないの。」
「だから、人生のしあわせの先生で、師匠。おばあちゃんも自分の蜘蛛のこと先生って呼んでたから。私は師匠って呼んでいるの。」
女がクスリと笑った。
「しあわせの師匠って、面白い名前ね。蜘蛛に名前なんてって思っていたけど、私もこの子のこと隊長って呼ぼうかしら。人生の隊長。」
「誰か私のこと導いてくれないかしら…。ねえ隊長、あなたは私のことを導いてくれる?」
「ところで、その黒いの、時々あの人も開いてため息をついていたけど、なんなんですか?あの人は仕事って言っていたけど。」
那音が女のパソコンを指さして尋ねた。
「ああ、これ、これは、バベルに提案するプログラムのコードよ。」
「コード?」
「そう、これにこういう事したいですってことを書くと、なんでもバベルが実現してくれるの。」
「なんでも?じゃあ、お金持ちになって遊んで暮らしたいですって書いたらかなう?」
「それは無理ね。蜘蛛と一緒、自分の願いはかなえてくれないわ。」
「これが実現できたら私たちは、こんなことを世界に還元できますって提案をバベルにするのよ。」
「それで?」
「バベルが良いねって思ってくれたら、実現する。」
「最近バベルが私の提案、ほとんど却下するのよ。世界の為になることばっかり提案していると思うんだけどなぁ。」
「世界のため?」
「そう、バベルがかなえてくれる願いって、世界をよりよくしようってものじゃないとだめなんだって言われてるの。そこから、バベルが提案を審査して実現してくれるの。」
「ふーんどんな願いなら通るんだろ。」
「そうね例えば、私が初めて書いたコードなんだけど、これとか。」
女が僕たちにパソコンの画面を見せた。
「ごめん。わからない。」
すかさず那音が言ってくれて助かった。僕も全く分からない。
「これはね、お誕生日にだれからもおめでとうって言ってもらえなかったら、おめでとうって花束が届くってプログラムよ。
私の友達が、お誕生日誰からもおめでとうって言われなかったって愚痴っていたのを聴いて、おめでとうって言えなかった自分が悲しくて書いたの。」
「ええ、それで、毎年私の家に花束あるの?お姉さんのおかげ?」
「僕のうちにも届きます。ありがとうございます。」
「あなたたち…可哀そうな子ね…。」
「いや、可哀そうって言うか、わたし、誕生日誰にも言ってないから。」
那音が慌てて言い訳をする。
「僕も。」
「ちなみに私の誕生日は6月10日よ。」
「2か月前ですか。」
「大丈夫、誕生日プレゼントは前後6か月締め切りで受け付けてるから。あなたの誕生日はいつなの?」
サイドカーの女は僕の隣に移動してそう尋ねた。
「僕の誕生日は5月3日です。」
「5か月前ね」
「大丈夫です、僕も年中誕生日プレゼントは受け付けてます。今年も花束ありがとうございました。」
「あら、あなたたち、誕生日は一緒に過ごす関係に見えたけど。少なくともプレゼントを贈る仲には見えるけど違うの?」
「わたしは毎月28日が誕生日。明日はプレゼント楽しみにしてる。2か月後はもっと楽しみにするね。」
すかさず那音が割って入る。
「おめでとう。いくつになるの?シャンパン開ける?」
「ありがとう。でもドンペリは切らしてるから…。因みに明日で十七歳と82か月になります。」
「あら、まだお酒はだめじゃない。」
「じゃあ、二十歳と68か月で」
「計算間違っているわよ。二十歳と46か月じゃないの?」
僕は会話についていけない。那音は「あれ?」と言って、指を折って数えている。「2歳も歳とっちゃった…」
「十分若いわよ。それにしても、この子は手ごわいわよ。ねえJude、あなたのご主人様、これから大変よ。」
サイドカーの女はそう呟いて、ギムレットのふちで遊んでいるJudeをつついた。
“Hey Jude, don’t let me down.
‐Hey Jude‐The Beatles(1968-8-26)
You have found her, now go and get her.”
「あなたが彼女をものにできたら、二人まとめて、10月じゃない28日にお祝いしてあげる。」
そう言って、ウォレットを振って会計を済ませると、サイドカーを飲み干して去っていった。
“Remember to let her under your skin,
‐Hey Jude‐The Beatles(1968-8-26)
Then you’ll begin to make it
Better better better better better better, oh”
那音はそう口ずさんで「私のことものにしてみる?」と言って笑った。
相変わらず師匠は、彼女の胸元を引っ張っている。
サイドカー
ブランデー 30ml
ホワイトキュラソー 15ml
レモンジュース 15ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ
曲を聴く:YouTube The Beatles – The Beatles – Hey Jude (Official Music Video) [Remastered 2015]
