-Like a Rolling Stone-
Bob Dylan(1965-07-20)
「ニコラシカを全員分。ヘネシーで。」
「それとシャンパングラスも人数分。」
入店早々シャンパンを2本注文したその男はそう言って、カウンターに肘をつき、奥のテーブルで会話しているカップルを手招きした。
那音はカップルが渋々という様子で立ち上がるのを目の端で確認して、ショットグラスを5つ並べた。
「バベルに乾杯」
男はグラスを持ち上げるとスライスレモンを口に放り込み、一息に飲み干した。レモンの皮をつまんでショットグラスに放り込む。
「バベルに」
僕たちはそれに倣って一息に飲み干す。男はそれぞれの前にシャンパングラスを滑らせてシャンパンを注ぐ。
「まあ飲んでくれ。お二人さんはこれ持ってけ。」
そう言って、新品のシャンパンボトルをポンと鳴らして、カップルの男に無理やり持たせた。
彼氏はシャンパングラスを少し持ち上げて、軽く会釈をするとボトルを置いて立ち去ろうとする。男は、いいからいいからと言いながら、ボトルを押し付けて、テーブルに戻るように手を振っている。
「何かいいことありました?」
那音が男からカップルを遮るように男に声をかけた。
「いや、儲かってしょうがない。バベルさまさま。」
男の腕にはやたらと大きな金時計が揺れていて、それを見せつけるようにグラスを持ち上げてシャンパンをあおる。
「バベルって、自分の為には願いかなえてくれないって聞いたけど。」
男のグラスにシャンパンを注ぎながら那音はつぶやいた。
「バベルに願い事?そんなことしたって稼げないさ。バベルをな、利用するんだよ。バベルを利用して人を動かすんだ。」
那音のグラスにシャンパンをなみなみとつぎ足しながら男は語りだした。
「知っているか?ついこの間、金の値段がどん底に落ちて、今はまた、元の値段どころかそれより高い。この時計も、ただみたいな値段になったんだが今では、田舎の家一軒ぐらいは買えるぐらいに値上がりしている。なんでだかわかるか?」
噂を流したんだよ。
バベルが資源確保のために小惑星の探索をしているっていう噂を流したんだ。そして、金でできた小惑星が見つかって、月の裏側にそれを運んでいるってな。
あちこちで、バベルが確保した金の量は今人類が掘り返した金の量の10倍らしいとか、数か月後には軌道エレベーターを使ってそれが下りてくるらしいとかそんな噂を流したら、あっという間に金の価格が半分以下になった。それでも価格は下げ止まらなくて、銅の値段と同じぐらいになったところでさすがに少し落ち着いたよ。
そこで、もう一つ噂を流した。
確かに小惑星は見つかったが、小惑星が見つかった場所は太陽系の随分外側で、それを地球に持ってくるのは100年以上かかるってな。ボイジャーですら太陽系の境目につくのに35年かかっているんだ。みんな信じた。
それどころか、理論的に実現不可能だとか、できたとしても大した量じゃないとか、いろんな話題が勝手に持ち上がりだした。そうしたら、一気に金の値段は元に戻ったよ。それどころか、元の値段より高い。
当然だ。俺がみんな買い占めて、売らないんだから元の値段よりも高くなるに決まっている。
今も昔も情報を操るのが賢いやり方って奴だ。ネイソン・ロスチャイルドがワーテルローの戦いの戦いで財産を築いたあの時代からなにも変わってない。おかげで俺は、ほんの少し金を売ってやるだけで、いくらでもカネが手に入るって寸法さ。
「おっと、時間だ、鴨どもに金価格はまだまだ上がるって、セミナーで話をしてやらないといかんからな。」
「まあ、人間がそれに価値があるって思っている限り、金の価値は変わらんよ。」
男はシャンパンを半分残して立ち去った。
「何あの人、感じ悪い。」
那音はシャンパンをシンクに流しながら怒っている。
「でも、悔しいけど、みんな金を欲しがってるってのは事実よね。」
「金の盃で日本酒とか飲んでみたいと思う?」
「一回やってみたい気はするけど、一回でいいかな。」
「でも、バベルが本当に小惑星を引っ張ってきてくれて資源を提供してくれたら、みんな幸せになるよね。」
「そうなったら、争いごとは半分ぐらい減りそうだ。」
次の日のことだ、世界中に金の盃が届いた。
もちろん、金の価格は銅の値段よりも安くなった。
店内にはBob DylanのLike a Rolling Stoneが流れている。
“You used to be so amused
-Like a Rolling Stone-Bob Dylan(1965-07-20)
At Napoleon in rags and the language that he used
Go to him he calls you, you can’t refuse
When you ain’t got nothing, you got nothing to lose
You’re invisible now, you’ve got no secrets to concea”
僕たちは金の盃でブランデーを飲んで、甘いレモンで口直し。
ブランデーのあつさとレモンの苦さに少し顔をしかめて、微笑みあった。
ニコラシカ
ブランデー 30ml
砂糖 1tsp
スライスレモン 1枚
リキュール・グラスに9分目までブランデーを注ぎ、
砂糖を盛ったスライスレモンをグラスの上にのせる。
曲を聴く:YouTube Bob Dylan – Like a Rolling Stone (Official Audio)
