-One of Us-
Joan Osborne(1995-11-21)
「なあ、昔日本人は神様だったこと知ってるか?」
兄さんがビールグラスに浮かぶショットグラスにテキーラを注ぎながらつぶやいた。
「なにそれ?」
那音がボトルを受け取り、少しだけテキーラを注ぐ。
「あれでしょ?まだ日本人にしか蜘蛛が相方になっていなかった頃の話。」
今度はお嬢がボトルを受け取ってショットグラスを八割ほどまで満たす。
僕はボトルを受け取って、数滴テキーラを垂らした。兄さんは「このチキン野郎」と呟いて少しだけつぎ足す。
ショットグラスがビールの中に沈んで、兄さんは一息にサブマリンを飲み干した。
「次は、ボイラー・メーカーで。」「まだやるのかよ、もう守ってやらないぞ。」
那音がビールを注いでジャック・ダニエルのボトルをドンと置くと、兄さんはやれやれという顔をして、ショットグラスをそっと浮かべた。
「あら、負け惜しみ?次は私が守ってもらおう。」
お嬢が兄さんからボトルを奪い取ってジャックを注ぐ。「ディックは那音ちゃんを守ってね。」僕にジャックを手渡した。
「ところで、日本人が神様だったって、神話の天照大神とかスサノオノミコトとかの話ですか?」
僕はグラス半分ほどまで満たす。
「天神様とかの話じゃない?でもあれは、人間が神様になった話か。」
那音が少し足す。
「人間が神様になった話ではあるが違う違う、もっと最近の話さ。と言っても、俺が生まれるよりも少し前の話だけどな。」
兄さんが数滴たらした。グラスが少し揺れた。
“So one of these nights and about twelve o′clock.
-One of Us-Joan Osborne(1995-11-21)
This old world’s gonna reel and rock.
Saints will tremble and cry for pain, For the Lord’s gonna come in his heavenly airplane.”
お嬢がそう歌って、グラスが揺れが収まるのを待っている。そろそろやばそうだ。
「少し前の話よ、蜘蛛の存在が一般的じゃなかったころの話。」
お嬢はジャック・ダニエルのボトルを抱えたままで話し始めた。
「日本人の同情をかうと、施しが手に入るって勘違いがあったのよ。
きっかけは、そう、赤道の真上の昔の紛争地帯で、地雷が全部掘り返されて一か所にまとめておいてあったって話。
まだバベルができたばかりで、そこにいきなり現れたものとしか世界が認識していなかった頃の話よ。もちろん蜘蛛もそんなにいなくて、ほんの少しの日本人にしか相方はいなかったの。
そんなころ、いくつかの事件が立て続けに起こったのよ。他には……。」
「ひっくり返ったタンカーの油で汚れたカモメが、奇麗を通り越してつやつやになるなんてのもあったな。」
兄さんが助け船を出してくれた。
「そうそう、そんな妙なことが立て続けに起こって、全部の共通点が前の日に日本でニュースとしてその問題が紹介されてたってことだったの。」
「どうやら社会問題を日本のニュースで流すと状況が改善されるって噂になって、あるテレビ局が実験したのよ。ゴミ山がスラム街になっている中で怪我と病気におびえながらゴミを拾う子供のドキュメンタリーを流したらきれいにゴミが分別されてたり、このタブレットが気が付いたらポケットの中に入ってるのも、おなかをすかせた難民のドキュメンタリーが流れた直後のことよ。」
緑色のタブレットを光に透かしてお嬢は話を続ける。
光を透かしてキラキラ光るそのタブレットは、気が付くと僕たちの周りに配給されている。宇宙空間の藻類培養プラントで作られているらしい栄養食だ。ちなみにとてもおいしくないが、とりあえず生きていくには十分らしい。
「そんなことがあって、日本人にばれると社会問題が解決するんじゃないかってアメリカの新聞が社説に書いたのよ。そうしたら、日本人に困りごとを相談するっていうのがちょっとしたブームになったの。村の診療所の薬がもうないだとか、飼ってる猫がお腹を壊したとか、嫁の機嫌が悪いとか、困りごとをとりあえず日本人に話すみたいな。そのうちのいくつかは本当に解決したって話が世界中を駆け巡ったのよ。猫はご機嫌にダンスを踊ったし、奥さんの生理不順が治まったうえに肌艶がよくなって、ご機嫌でお出かけするようになったらしいの。」
「村の診療所の薬は?」
「それはもちろん、村中の病人の病が治って診療所のお医者さんが失業した。」
「そんなわけで、WEBの外国語練習サイトで日本人に困りごと相談すると一生懸命話を聞いてくれるからって、日本人との通話が5時間待ちになったりしたらしいの。
グループトークで50人の外国人が一斉に、一人の日本人に困りごとを話し始めたりしてたらしいわよ。」
「それは…聖徳太子でもさばききるのは無理そうですね…。」
「それで、日本人にお願いすると願いが叶うって言うから、日本人にお賽銭投げてお願い事するようになった感じですか?」
「そんなにいいものじゃなかったの…」
「日本人にばれると社会問題が解決するって、解決すると困る人もいるのよ。日本人ばっかりずるい。そんな特殊能力は取り上げるべきだって声が出てきたわ。でもまあ、能力取り上げるにしても、なんでそんなことになっているのかが全然わからなかったからそれは良いんだけど……。日本人を誘拐して、無理やり自分の望みを話すっていう連中が出てきたのよ。もちろんそんな連中の望みはかなわなかったんだけど、日本人の誘拐事件がものすごく増えた。」
「そんなことしたって蜘蛛が誘拐された人を助けておしまいじゃない?」
「その通り、誘拐したって椅子に縛られて脅されてたはずなのに、翌日には自宅のベッドで寝てたって。そのうち、誘拐しようとすると誘拐犯の車はパンクしたり、声をかけようとするとバナナの皮で滑ったりするようになったらしいわよ。」
「そんなわけで、日本人に手出ししようとしても不思議とうまくいかないってことになって、あいつら妖精の類に違いないって話になったの。」
「わたし妖精だった?」
「妖精みたいに不思議ちゃんで、かわいらしいのは確かだけどね。はいディック次はあなたよ。」お嬢は那音に微笑んで、数滴ジャックを垂らすと僕にボトルを手渡した。
僕が数滴落とそうとボトルをそうっと傾けると、妖精みたいないたずらっぽい顔をして、那音が自分の胸元を引っ張るものだから、見事にビールの中にグラスが沈んだ。
僕は一息にビールを飲み干して、ジャックダニエルが胸を焼いた。
「日本人が特別なんてことはないのに、こうやってちゃんと酔っぱらうし、いろいろ思い悩んだりするのに…。」
「特別かどうかはさておき、神様だって普通の人かもしれないわよ。それに多分神様だって自分のことは特別だと思って無いと思うわよ。」
突然兄さんが、さっきのお嬢の歌の続きを口ずさんだ。
“Just tryin’ to make his way home
-One of Us-Joan Osborne(1995-11-21)
Like back up to heaven all alone
Nobody callin’ on the phone
‘Cept for the Pope maybe in Rome”
「ローマ教皇ぐらいならかけて来るかもねって言ってる程度には、無自覚に特別意識はあると思うけどね。そんなだから、結局あいつらは日本に閉じ込めとけってことになって、俺たちは楽園というゲットーに閉じ込められて、海外旅行にもいけやしないってことさ。」
「神様だってきっと、天国に閉じ込められて窮屈な思いをしてるに違いない。」
サブマリン
ビール 適量
テキーラ 45ml
ビールグラスにビールを適量注ぎ、
ショットグラスに満たしたテキーラを沈める。
ボイラー・メーカー
ビール 適量
バーボンウィスキー 45ml
ビールグラスにビールを適量注ぎ、
ショットグラスに満たしたバーボンウィスキーを沈める。
