-All Along the Watchtower-
Jimi Hendrix(1967-12-27)
「このままだと、来月の今頃に、俺たちの国がなくなっちまう。次のババ抜きで負けたらもうおしまいだ。」
赤いバラを持った男が再び喚いた。
「そんなことより、ピンクの彼はどちらのお嬢様がお好み?」
那音は赤いバラの男の話を聞かずにピンクのバラを持った男に声をかけた。ピンクのバラはスパイダー・キッスの女の胸元をちらりと見てうつむいている。スパイダー・キッスの女が手で胸元を隠して、一口カクテルを口にした。
「国がなくなる?ババ抜きで?なんでババ抜きなんて選んじゃったの?もっと確実に勝てそうな…。」
気まずい空気に思わず、僕は口をはさんでしまった。
「もちろん最初はそうしたさ、俺たちが全員二十歳になった瞬間に、国家として認めないって、税金払えって言ってきた連中を遠泳勝負で返り討ちにしてやった。それで、俺たちの国Principality of KnightCap(ナイトキャップ公国)は独立を手にしたんだ。」
黄色のバラを持った男がそう言って胸をはった。
「税務署いち泳ぎが得意って奴にはなんなく勝てたんだが、それからはさんざんさ、次の年にはあいつら、わざわざ遠泳勝負で再戦指定して俺たちは負けたんだ。あいつら、オリンピック選手候補を連れてきやがった。」
紫のバラを持った男が肩を落として続けた。
「俺たちの国は最初、ずうっと昔の海上要塞を占拠して、ラジオ放送の広告宣伝と、釣り堀の運営で稼いでたんだ。ラジオドラマで、独立宣言したら評判が良くって、スポンサーもたくさんついた。20年前のあの時が、俺たちの黄金時代だった。」
「お兄さんたち、今いくつなの?」
グリーン・スパイダーの女が思わず訊いてしまう。
「48だ」「47」「46」「47」
同時に答えるものだから、誰が誰だかわからない。グリーン・スパイダーの女は呆れたという顔をしてのけぞると、ソファーにもたれかかってカクテルを一口。
黄色のバラの男は続ける。
「釣り大会で挑んだら、あいつらでかいマヒマヒ釣りあげやがって、こっちはイワシ一匹。ホットドッグの大食い勝負で挑んだらあいつら舐め腐って、女性を連れてきやがった。こっちが油断したところで、10分で53個食われてこっちの負け。去年のカバティ勝負に負けて、いよいよ領土はテトラポッド1個だけだ。最初は10人いた仲間も、だんだん減っちまって、今じゃここにいる4人だけさ。」
「大食いに女性を連れて来るってのが舐め腐ってる?女性蔑視よ。」
スパイダー・キッスの女が反応した。
「それで、国境争いに負け続けて、今じゃ領土はテトラポッド1個ってこと?」
那音が口をはさむ。
「そうだ、だから今度負けると、領土がなくなって、20年分の税金の督促状が正式に届く。」
「なんだか、税金どころか、生活保障してくれそうな気がするんだけど…今はどうやって生活してるのさ。」
思わず僕も、口をはさんだ。
「これで生きてる。」
紫のバラの男は、緑色のタブレットを光にかざしてから口の中に放り込んだ。
「バベルのおかげで戦争しようにも、武器は全部消えちまうし、おかげで、毎年の競技で国境線決めるってことになっちまったんじゃないか。いくら次の年に自分の得意種目で再戦を挑んでいいって言われたって、俺たちに勝ち目なんてありゃしない。バベルは責任取って、俺たちに力と富を与えるべきだ。蜘蛛をよこせ。」
赤いバラの男がまた喚くのを那音が制して、
「それで、やけになってカバティで挑んで、今年はババ抜きってこと?」
「そうだ。」「そうさ。」「そういう事。」「その通り。」
またしても4人一緒に答えるものだから、誰が誰だかわからない。
「そういう事なら…ちょっと練習する?3対4じゃ不公平だから、私はお姉さんたちのチームに入る。ディックは審判ね。」
那音は僕にトランプを手渡して、「席替えしましょう」と言って、さりげなくピンクのバラとスパイダー・キッスが隣同士になるように指示して、7人の座る位置を変えさせている。
僕がカードを配ると、明らかに赤いバラの男の顔色が悪い。ジョーカーの位置は明白だ…。僕は国家存亡の予感を確信に変えた。
「今ハートのエースを持っている人はそれを見せて」
ホワイト・スパイダーの女がハートのエースを僕に見せて、クラブのエースとセットにして場に捨ててみせた。那音は「ラッキー」と呟いて、4枚も捨てて残り3枚。
「じゃあ、ハートのエースの彼女から引いて、時計回りで。」
ホワイト・スパイダーの女は紫のバラの男からカードをひいて、場に捨てた。残り2枚。振りかえって、シャッフルして黄色のバラに片手で突き出す。黄色のバラはさんざん悩んでカードをひいて、悔しそうにグリーン・スパイダーの方を向く。
グリーン・スパイダーは迷わず、黄色のバラの真ん中からダイヤの3を引き当ててハートの3とセットで捨てる。黄色のバラが悩んでいる背中越しに手札が見えたに違いない。ピンクのバラに引かせて残り3枚。
ピンクのバラがグリーン・スパイダーからカードをひいて、彼が持っている5枚のカードをスパイダー・キッスが選んでいる。
「ジョーカーは後ろにあるから気にしなくていいとして、クラブのジャックはあるかしら。」
赤いバラの男の顔色が真っ赤だ。ご愁傷様。ピンクのバラの視線が泳いだのを見逃さずにクラブのジャックを引き当てて残り3枚、赤いバラの男に並べてみせる。
「そういえば、最初は10人いたって言っていたけど、なんで四人に?」
スパイダー・キッスは赤いバラの男が迷っているのを尻目に、ピンクのバラに話しかける。
赤いバラの男が肩を落としている。那音が迷わずカードをひいて、紫のバラにカードを差し出す。赤いバラの男の顔色が急によくなって、今度は紫のバラの男の顔色が蒼くなっている。ジョーカーはあそこで、那音はわざとやっている…。もうすぐテトラポッドは海に沈む。
「ダイヤの7はお持ちかしら?ところで、あなたのお名前は?」グリーン・スパイダーが黄色のバラにそう言って、端から順にカードに触れていく。
「マークだ」「ケビンだ」「ポール」「アーロン」
またしても全員同時に答えるものだから、誰が誰だかわからない。
グリーン・スパイダーは、黄色のバラの眉が上がったところを避けてカードを抜き取った。
「改めて聞くけど、最初は10人いたって言っていたけど、なんで四人に?」早々に上がってしまったスパイダー・キッスが同じく早めに上がったピンクのバラに話しかけている。僕としても、そっちの方に興味がある。
「去年までは7人いたんだ。今年に入って三人、女のケツを追いかけて出ていっちったよ。軟弱な奴らだ。」
「あなたたちは、4人、テトラポッドの上で純潔を保ち続けているのね。すばらしいことだわ。」
「ああ、俺たちは孤高の騎士なんだ。気高く生きるってのが国家理念だ。商売女なんぞを追いかけて、出てったあいつらは軟弱ものさ。」
スパイダー・キッスが純潔を保ち続けているといったあたりで、ピンクのバラの目が少し泳いだけれど、彼はそう言って胸をはった。
「あら、商売女って、今じゃ尊敬される仕事よ。ハイ、上がり。」
那音は赤いバラから一枚引いて、スペードとクラブの8を場に捨てた。
「そういう世界にしちゃった、バベルが許せないのよ。汚らわしい。」
ホワイト・スパイダーが文句を言っている。那音はそれには耳を貸さずに「そろそろ佳境ね。」
気がつけば、紫のバラの男が2枚のカードをグリーン・スパイダーの前に差し出して、泣きそうな顔をしている。結局彼の手からジョーカーが移動することはなかった。グリーン・スパイダーは迷うことなくカードをひいて、わざわざジョーカーを自分の手の中に入れる。
「団体戦なら終わりだけど、続ける?」
そう言って3枚のカードを赤いバラの男に向けた。案の定赤いバラの男はジョーカーを引き当てて、ダイヤの5と一緒に固まっている。
「俺たちの国は終わった。」「勝ち目なんて最初からなかったんだ。」「マーク、お前が女の胸ばっかり見てるせいだ。」「労働者になんてなりたくねぇ。」紫のバラの男が震える手でダイヤの5をひくと、またしても4人同時に口にして、頭を抱えている。
スパイダーキッスが、ピンクのバラの背中をさすって慰めている。
グリーン・スパイダーの女は、紫のバラの男からダイヤの7をひいて「はいおしまい。」そう言ってスペードの5を赤いバラに手渡した。
僕は男たちのことがひどく哀れに感じた。彼らは哀しいぐらいに蜘蛛やバベルに生かされていて、彼女たちだってそんなにたいして変わらない。どれだけ与えられたって、まだ足りないと思っていないと、自分を保てない。僕たちだって似たようなものだ。
「だれだって、野良猫みたいに唸ってなくちゃ、自分を保ってなんかいられない。飼い猫の、おいしいごはんやあったかい布団にあこがれながらね。不満を言いながら、いつか世界を変えてやるって生きていくのがきれいなんだ。熱の差があるから、風が吹く。」
“A wildcat did growl
-All Along the Watchtower-Jimi Hendrix(1967-12-27)
Two riders were approaching
And the wind began to howl”
そう歌って「バベルはこうやって、おいしくないけど、唸る元気は与えてくれる。」僕はタブレットを口に放り込むと立ち上がって、大きなボストンシェーカーを振った。
那音がいつの間にかきれいなグラスを並べてくれていて、僕はそれにダイキリを注いだ。グラス全部に注ぎ終わって、最後にシェーカーを勢いよく返すと、カシャンと大きな音がした。
“Nobody up at his word
Hey, hey”
「さあ、騎士たちよ、風を吹かせましょう。」
那音は自分のグラスを掲げて、そう言った。
さて、それから数か月後の事だ、Principality of KnightCap対税務署のババ抜き勝負が世界中に配信されて、明らかに税務署側の手抜きによって、Principality of KnightCapが勝利した。どうやら毎年の勝負風景の配信動画が結構な人気のようで、税務署はまだまだこれを続けたかったようだ。税務署側の商業主義に動画のコメント欄は荒れに荒れて、大変な盛り上がりを見せていた。
因みに最近、Principality of KnightCapの国民は7人になったようだ。
ダイキリ
ホワイト・ラム 45ml
ライムジュース 15ml
砂糖 1tsp
シェイカーに材料と氷を入れてシェイクし、カクテルグラスに注ぐ。
曲を聴く:YouTube The Jimi Hendrix Experience – All Along The Watchtower (Official Audio)
