-Lie Lie Lie-
BONNIE PINK (1997-05-16)
わたしの指先で師匠がじゃれている。
私はそれを見つめながら兄さんのことを思い出していた。
指先でグラスのふちをなぞる。氷で冷えたグラスの曇りは雫になって、すうっと流れた。透明に透き通った雫の跡の向こうで、氷山みたいな氷がカシャリと鳴った。わたしはカウンターに肘をついて、グラスの雫を指で拭って一口、グラスの中のカクテルを飲んだ。
私の指先で師匠がじゃれている。
わたしはそれを見つめながらディックのことを思い出していた。
目のはじっこのほうに、昨日ディックが振ったボストンシェーカーが見えた。私の手には大きすぎて、使わなかったそれは、ディックの手によくなじんでいるように見えた。兄さんの手を想像して、置いてあったそれは、ディックの手によくなじんでいるように見えた。
どうしてわたしは、兄さんの背中を押してしまったんだろう。
わかってる。兄さんを失ってもディックがいるって、安心していたんだ。
どうしてわたしは、ディックがカウンターの中に入ることを許したんだろうか。
わかってる。ディックがささえてくれるって、油断していたんだ。
わたしの狡さについたため息が、グラスの氷を回した。
“I [ride] to you and you ride to me,
-Lie Lie Lie-BONNIE PINK (1997-05-16) 注)引用中 ride⇒liedが正しい
I [ride] again but that ride on me
Now I try to trust you and confess
If you don’t doubt,if you don’t laugh”
わたしはわざと歌詞を間違えて歌って再びため息をついた。ディックに体を許したら、彼はつなぎとめておけるだなんて考えている。わたしは彼を見くびっている。
“I lied to you and you lied to me,
-Lie Lie Lie-BONNIE PINK (1997-05-16)
I lied again but that lies on me
Now I try to trust you and confess
If you don’t doubt,if you don’t laugh”
誰かが聞いているというわけでもないのに、罪悪感を感じてちゃんと歌って苦笑い。
どうしてわたしは、兄さんの背中を押してしまったんだろう。
わかってる。兄さんに踏み込むことにおびえていたんだ。
どうしてわたしは、ディックがカウンターの中に入ることを許したんだろう。
わかってる。ディックが踏み込んでこないって、安心していたんだ。
自分の為に作ったはずのフレンチ・コネクションが全然減らない。
わたしは自分につくための嘘をずっと探している。
私の指先で師匠がじゃれている。
わたしはそれを見つめながらディックのことを思い出していた。
僕はLiFeの扉の前に座ってうなだれていた。
頭の後ろでClosedの札が揺れている。もう3日もこうしている。
顔を上げると、お嬢が誰かに電話をかけている。舌打ちをして、再び誰かに電話する。
それからしばらく、向こうの方から兄さんが駆けてきた。
兄さんはポケットから鍵を取り出して、LiFeの扉を開けた。
「ここもさぁ、あの人が私にはちっちゃいバーでお客さんと楽しく話してるのが良いなぁって思ってくれたからできたんだけど、あの人と一緒にやりたいなぁって夢は全然かなえてくれないの。」鍵を差し込む兄さんの手元をぼんやりと眺めながら、僕は那音の言葉を思い出していた。「やっぱり、あの人って兄さんだったんですね。」
僕が口にした言葉には兄さんはかまわず、店の中に入っていく。
「ほら行くよ。」お嬢が僕を蹴り飛ばして、店の中に引きずった。
店の明かりをつけると、カウンターにはコニャックとアマレットのボトルが出しっぱなしで、グラスの底の方に飲みかけのカクテルが渇いてグラスの底を汚してて、切子で描かれた魚が汚れていて、苦しそうにしていた。
お嬢が僕の鼻をつまんで、開いた口にタブレットを投げ込む。ついでにコニャックのボトルから直で僕の口に流し込む。僕は激しくむせて、拍子にタブレットが僕の胃袋にすとんと落ちた。
兄さんが何かを片手に固まっている。
見るとメニューが作りかけで置いてあって、カミカゼとバラライカは塗りつぶされていて、サイドカーの横に書かれたグラスの絵は描きかけだった。
突然スピーカーから曲が流れた。
“終わらないこと終らせないこと
-Lie Lie Lie-BONNIE PINK (1997-05-16)
大切な人大切にしたい人
偽ったほど偽られたのもっと”
「隊長止めて。」
お嬢が怒りをぶつける。音がやんだ。
フレンチ・コネクション
コニャック 45ml
アマレット 15ml
材料をオールド・ファッションド・グラスに入れ、氷を入れて軽く混ぜる。
