-プレゼント
-JITTERIN’JINN(1990-02-14)
-You Can’t Judge A Book By Its Cover
– Bo Diddley(1962-07-01)
お嬢に引きずられて階段を降りている僕の脳裏に、兄さんがLiFeの鍵を開ける手が貼りついている。僕は兄さんの家で飲んだクロンダイク・ハイボールの味を思い出していた。
public static void Inspir(String[] Pain){}
そう打ち込んだ日のことを思い出していた。
「バベルのコードの書き方、僕に教えてもらえますか?」
兄さんにそう頼んだら、「じゃあ明日うちに来い」そう言われて、兄さんの家を訪ねた。昨日慌てて部屋の中を片付けたのだろう、ジャンクパーツや工具が部屋の隅の方に押しのけられた、という顔で固められていた。
洗濯機に衣類が山盛りになっていて、入りきらなかった分が同じく部屋の隅の方に押しのけられた、という顔をしていた。
ダイニングテーブルの脇には、適当に固めてどけられましたという顔をして、メモの束やスケッチブックが積まれている。
僕はダイニングテーブルの前に座って、兄さんのおさがりでもらったパソコンの画面に
public static void Inspir(String[] Pain){}
と打ち込んだ。続けて言われた通り、
System.out.println(“HelloWorld”);
「これを最初に書くのって、なんか意味あるんですか?」
僕の質問に、画面にHelloWorldの文字が浮かぶのを眺めながら、「いい質問だけど、今はおまじないと思っておけばいい。」と兄さんが答えて、「ところでディックはなんでコードが書けるようになりたいって思ったんだ?」と言って逆に、僕に質問を返す。
「僕も少しだけ世界を良くできたらと思ったんですよ。」
「教科書通りの答えだな。姐さんに何かを届けたいとかの方がよっぽど信用できる。」
「それは……もちろん、那音を守りたいって思ったのは本当ですけど、バベルって、自分の願いはかなえてくれないんでしょう?」
「そうなんだけどな。ええっと、とりあえず、このコードを丸ごとコピーして打ち込んで実行してみな。それができたらすこしづつ内容を変えて動かしてみるといい。」
「なんですかこれ?」
「自分の家のキッチンをピカピカにするコード。それができたら、寝室だとか、玄関だとか少しづつかえてみるのが宿題。コピーするんじゃなくて全部手で打って動かすのが宿題。これだけは練習用で、自分の為の願いでもかなう。但し、全部自分の手で打った場合だけだから、さぼるとばれる。」
兄さんは僕にそう声をかけてキッチンからグラスを二つ持って帰ってきた。
「どっちがいい?」
そう言いながら茶色い方に口をつけて、「すまんディックはこっちで、ギムレットばっかり飲んでるからジンは好きだろ?」僕にジンフィズの方を差し出した。「クロンダイクハイボール。」「そっちは何ですか?」という僕の質問にそう答えると、「本当はこっちを飲ませてもう少し、お前の本音と建て前を引っ張り出して、俺があるがままを受け入れようって思ってたんだが、逆になったな。」
「姐さん。那音の事を守って欲しいって思ったから、ディック、お前にコードの書き方を教えたいんだ。姐さんああ見えてすごく脆いからな。これが俺の本音。」
兄さんは、クロンダイクハイボールで口を湿らせて、話し始めた。僕はジンフィズに口をつけてあるがままを受け入れる準備をした。
「何年か前なんだが、姐さんがひどく汚れて帰ってきたことがあってさ。」
兄さんはそう言って話を切り出した。
わたしは森の中を歩いていた、すれ違う木の枝ぶりを眺めながら、ロープがかかる高さを確認し、足元の土の柔らかさに土の掘りやすさを想像しながら森の中を歩いていた。
崖から下をのぞき込んでその高さに身をすくめて、時々木陰に何かの気配を感じて怯えながら、もう引き返せない場所を目指して森の奥を目指していた。
手が届きそうで届かない、ちょうどいい高さに山芋のつるが伸びていて、所々にむかごがなっている。木をよじ登って、つるを自分の首に引き寄せようとしてつかんで引っ張ったらつるがちぎれて落ちた。
わたしは木を滑り落ちて地面を転がって、崖を滑り、落ちていく。
滑り落ちるあちこちで茂みや、草の束、蜘蛛の糸がわたしの体のあちこちにあたって、大きな楢の木の根元にわたしを運んだ。木の根元にわたしはもたれかかって、わたしは見上げている。そこかしこに落ちているどんぐりを一粒拾って、木漏れてくる細い月明かりにかざして上を見上げた。
わたしはすっかりくたびれて、どんぐりを口の中に放り込んで唾液でのどを潤しながら呆けていた。
どんぐりを舐めながら、わたしは兄さんの事を思い出していた。
バラライカをカミカゼに変えて渡してくれて兄さんの指先と受け取るわたしの指先が触れた、かすかなくすぐったさを思い出していた。
“あなたが私にくれたもの オレンジ色のハイヒール
-プレゼント-JITTERIN’JINN(1990-02-14)
あなたが私にくれたもの 白い真珠のネックレス
あなたが私にくれたもの 緑色した白い傘
あなたが私にくれたもの シャガールみたいな青い夜”
思い出すのをやめるためにわたしは歌ったけれど、記憶の断片が浮かびあがってくる。
この歌みたいに兄さんに彼女がいたら、
よかったのになんて思いながらわたしは
目を閉じて、頭の重さを木に預けた。
この歌みたいに兄さんに彼女がいたら、
兄さんの理想の女になって、
隣にいたいなんて思わなくて済んだのに。
この歌みたいに兄さんに彼女がいたら、
失恋した弱い女を装って、特攻失敗しました。
なんて言いながら兄さんに帰還しようなんて、
ずるいことを考えなくて済んだのに。
“あなたが私にくれたもの お菓子のつまった赤い靴
-プレゼント-JITTERIN’JINN(1990-02-14)
あなたが私にくれたもの テディベアのぬいぐるみ
あなたが私にくれたもの アンデルセンの童話の本
あなたが私にくれたもの 夢にまでみた淡い夢”
普通の女の子みたいに、甘いケーキにはしゃいでみせた。
普通の女の子みたいに、ぬいぐるみを抱えて可愛いって言ってみせた。
普通の女の子みたいに、オシャレな絵本に目を輝かせてみせた。
普通の女の子みたいに、わがままを言ってみせた。
兄さんの普通になろうとしたけど、違う気がした。
こうすれば喜ぶんでしょう?って兄さんの100点をずっと探していたけど、それはわたしじゃなかった。
わたしは兄さんに本当のわたしをあげられなかった。
自分の望みを兄さんに素直にぶつけられないかっこつけな自分に嫌気がして、体の重さを全部木に預けて、地面にずり落ちて寝ころんだ。わたしの頬を涙が伝っていて、それは黒い蜘蛛に変わったけれど、それにわたしは気づかなかった。
何かが唇を濡らす冷たさに、目を開けた。
夜露が雫になって、狙ったようにわたしの唇に落ちてくる。口の中のどんぐりが急にどろりと溶けて、苦みが口に広がって、思わず口の中に入り込んだ水滴でそれを飲み込んだ。
指先にあたったどんぐりを一粒、目の前にかざすと、それは緑色のタブレットで、月明かりに透けて輝いていた。先ほど飲み込んだそれが、わたしの体の中に染みて、少し体の温度が戻ってきたような気がした。わたしは体を起こして、もう一度、楢の木にもたれかかる。
目の前に一筋の蜘蛛の糸が、月明かりを受けて一筋の線になって、まっすぐにのびていた。それは森の出口までずっと続いていて、迷う事なんて許してくれなくて、兄さんのところまでまっすぐ伸びていることが、わたしにはわかった。
何してたって聞いたら、消えようと思ってって、答えたんだよ。俺に何もしてあげられないから消えたかったんだってさ。消えないために俺に何ができるって聞いたら、何かしてもらう度に消えたくなるから何もしないでっていうんだ。
だから、お前には姐さんが消えなくて済むような世界を作って欲しいんだ。
「これが俺の本音と建て前、ごちゃまぜの本音と建て前。」
兄さんはそう言ってクロンダイクハイボールを半分飲んで、
「姐さんはこうだって、俺は決めつけすぎてるから、俺は無力なんだと思う。」
“You can’t judge sugar by looking at the cane,
-You Can’t Judge A Book By Its Cover- Bo Diddley(1962-07-01)
You can’t judge a woman by looking at her man,
You can’t judge a sister by looking at her brother,
You can’t judge a book by looking at the cover.”
「ディックは姐さんのあるがままを受け入れてやってくれ。それ飲んだら家に帰って、キッチンをピカピカにしな。」クロンダイクハイボールを全部飲み干して僕を家から追い出した。
クロンダイク・ハイボール
ドライベルモット 30ml
スイートベルモット 30ml
レモンジュース 15ml
砂糖 1tsp
ジンジャーエール 適量
ジンジャエール以外の材料をシェークしてコリンズグラスに注ぐ。
ジンジャエールでフルアップ。
ジン・フィズ
ジン 45ml
レモンジュース 15ml
砂糖 1tsp
炭酸 適量
炭酸以外の材料をシェークしてコリンズグラスに注ぐ。
炭酸でフルアップ。
曲を聴く:YouTube ジッタリン・ジン / プレゼント ( Jitterin’ Jinn / Present )【MV】
