EasyUs【Class0020.00】

‐C U When U Get There‐
Coolio featuring 40 Thevz(1997-06-17)

「バラライカ」
那音のことを姐さんと呼ぶその男が注文するよりも前に、那音は材料を用意していた。
「兄さん、ちゃんと食べてる?」
「ちゃんと食べてるよ、ありがたいことに飢え死にしそうになるとタブレットが出てくる。」
「それは食べてるうちに入らない。これ食べて。」
「おお、姐さんのブルスケッタ。これ旨いんだよなあ。」
「元気にしてた?」
「何とか生きてた。でも、姐さんのちっこい胸覗き込んだらだいぶ元気出た。」
昔馴染みという感じの二人に僕は少し嫉妬していた。男は那音よりもずいぶん年上に見えたし、本当の兄弟ならお互いのことを兄さんと姐さんなんて呼ぶはずがない。

「ところで兄さん。この間、兄さんと同業の人が来たよ。すっごい美人。」
「同業に反応した方が良い?それとも美人の方?」
「ん~。今は同業の方。その人凄いの、ほら、誕生日に花束が届くじゃない。あれ、その人の仕事なんだって。」
「おお、あれ、あれはすごい。あれの応用研究で、今じゃ世界中にいろんなものがあふれてる。」
「何がすごいって、あれ、実現しようとしたら世界中の個人情報と流通網と行動ログがいるんだが、それを誕生日に花束をってコードが最初だからなあ。やられたって、思ったよ。」
「でも、彼女、しゃべっちゃったのか…そうか…。」
兄さんは少し深刻な顔をした。
「もう、花束は届かなくなるかもしれないな…。」


「少し、昔話をしようか。」
あれは、夏の始まりのことだ。とても暑い日だったのを覚えている。俺は逃げ水を追いかけながら車を運転していた。
遠くの空に見えていた真っ白い入道雲が近づいてきて、辺りが急に暗くなると、俺の上を雨が通り過ぎた。俺の前にはさっきの逃げ水とは違う、本物の水たまりが所々にあった。通り雨を避けていたであろう人々がやれやれという表情でビルの隙間から出てくる。俺はナビを頼りに目的のビルを探している。


次の道を左だなんて考えながら、建物から出てきた人々を目で追っていた。ふいに左に入る道が目に入った。看板で隠れていて気が付かなかったが、次の道というのはこの道だ。俺は少し慌ててハンドルを切った拍子に、水たまりを踏んだ。水しぶきがあがった。


それは運悪くそこに居合わせた女性にかかった。
ごめんなさいって思いながら、そのまま俺は通り過ぎたよ。後ろから車も来ていたし、何よりも俺は少し急いでいたんだ。打ち合わせの時間が迫っていたから。

その日の打ち合わせはさんざんで、完全に負け戦って感じだった。こっちの要望は何一つかなわないし、向こうの要求は全部受け入れる羽目になった。それもこれも多分、俺の心の片隅にごめんなさいって気持ちがあったから、弱腰になっていたんだと思う。

それで、取引先に譲ったところで水をかけてしまった女性に対しては何の罪滅ぼしにもならないなぁ。って後悔していた。
だから、もう二度とあの女性に水がかかるようなことはなくなるようにって、プログラムを書いたんだ。次の日から、その街のでこぼこがどんどんなくなって、やたらと水はけのいい路面に変わっていったんだ。その女性が行く先々の道が、勝手に直るようになったんだ。

それに気が付いた俺は、幼稚園に通う子供の列を見て、この子たちにも水しぶきがかからないといいな。とか、きれいなスーツを着ている奴を見て、この高そうなスーツに水しぶきがかかったら嫌だろうなとか、そういうことを思うようになって、プログラムを書き換えていった。


似たようなことを考えてる連中がそれに書き足していったよ。世界中の道の道路補修が勝手にされるようになった。

ちょっとした技術革新になったよ。
なんでかよくわからないけれど、バベルが勝手に道路整備してくれる。そのアウトプットを分析して、今では道路の補修や新設は随分スムーズだ。俺の書いたプログラムがフォークつまり派生して、今でもいろんなところで使われている。

実はこの話をするのは、姐さんたちで三回目だ。一回目は俺の友人にちょっとした自慢話のつもりで話したんだ。道路整備をバベルが手伝ってくれるようになった、あの最初のコード、俺が書いたんだぜって。


そうしたら何が起こったと思う?

水たまりができそうな轍だとか、ちょっとした穴なんかが、自動的に直っているということはなくなってしまったんだ。

もちろん誰かがそれを直そうとすれば、蜘蛛が手伝ってくれてあっという間にそれは直ってしまうんだが、自動的に、勝手に直っているということはなくなった。


俺の書いた最初のプログラムは完全に止まってしまった。

「あれはどういう事なんだろうって、今でもずっと考えてる。」
そう言って兄さんは、バラライカで唇を湿らせた。

「ずっと考えてる。」

思えば、最初にこの話を友人にしたときに俺はだいぶ調子に乗っていたんだ。俺は世界に影響を与えたって。自慢したかったんだ。だけど自慢した瞬間に、それは誰かのためにやったことではなくて、自分の為にやったことになってしまったってことなんじゃないかと思うんだ。


右の手のしていることを左の手に知らせてはならないって奴かもしれないなって思うようになった。

「けどさ、やっぱり称賛されたいし、自慢もしたい。それができないなんて、孤独じゃないか。」神様ってのはさ、孤独なんだよ。その力で誰でもかれでも助けまくることはできるけど、じゃあ、神様自身は誰が救ってくれるんだ?

とはいえ、神様に向かってお前を助けてやるって言ったって、要らんわって返してきやがるだろうけどさ。

その代わりこう答えやがると思うのよ、お前が助けたいと思ってる苦労なんてこっちは死ぬほど通り過ぎてきたわ。まあ、お前らがあがいてあがいて、ここまで来たら、会って話をしてやらんこともない。ってな。

そう強がりやがるような気がするんだよ。

“I’ll C U When U Get There
When you ever get there
See you when you get there
I’ll see you when you get there
If you ever get there
See you when you get there”

‐C U When U Get There‐Coolio featuring 40 Thevz(1997-06-17)

バラライカを飲み干すと、そうやって歌いながら、兄さんは去っていった。


バラライカ
 ウオッカ      30ml
 ホワイトキュラソー 15ml
 レモンジュース   15ml
 シェイクしてカクテルグラスに注ぐ

曲を聴く:YouTube Coolio – C U When U Get There (feat. 40 Thevz) [Official Music Video]