-We Will Rock You-
Queen(1977-10-07)
「暇だから練習しよう」
少し早めにLiFeにたどり着いた僕の前で、那音はシャンパングラスにリキュールを注いでいる。グレナデン、ミント、チェリー・ブランデーの順にバー・スプーンの背を滑らせていく。パルフェ・タムールを注いだところで色が混ざり合って「あっ」と呟いて一息に飲み干して「甘っ」と呟いた。
二回失敗して三回目に挑戦している。
赤、緑、紫、黄色、色の層が重なっていく。
「暇だからって…僕も一応お客さんなんだけど…。」
「あっ」
僕が声をかけたせいだろうか、シャルトリューズ・ジョーヌが勢いよく入って失敗。
「ディックって、お客さんだった?最近いつもいるから忘れてた。はい。あげる。」
そう言って僕にグラスを滑らせる。僕はそれを飲み干して「甘っ」と呟いた。
そこからさらに2杯、やたら甘い液体を飲まされたところで成功。ペーパータオルをグラスにかざして色合いを確認して「よし完璧」と言って満足そうだ。
「きれいにできた。レインボー。最近ブース・カフェ・スタイルの注文が何回かあったじゃない。あれって緊張するのよ。」
「じゃあ。」
僕が手を伸ばすと、グラスを引っ込められた。
「きれいにできたからこれは、飾っておく。おいしくないし。」
おいしくないなら、さらにおいしくない失敗作を飲ませるなよ。確かにまったくもっておいしくなかった。
扉につけられたベルがチリンと鳴った。
那音が「いらっしゃいま」まで言ったところで、少しだけ開いた隙間から何かが投げ入れられて、扉が閉まった。投げ込まれた何かから、煙が立ち上る。シャルトリューズみたいな甘い香りがした。
何かが階段から転がり落ちる音がして、ベルの音をけたたましく鳴らしながら、四人の男が文字通り転がり込んできた。
転がり込んで重なり合っている男に向かって、那音は「いらっしゃいませ」と言っている。
僕は男たちが手に持っている鉄パイプに目を見開いていている。
四人の男はどうやら気を失っている様子で、ちっとも動かない。
ふたたびチリンと音がして今度は、那音が「いらっしゃいませ」と言い終わると同時に、三人の女が入ってきた。
女は床に横たわっている男をまたいで入ってきて、
「ここに蜘蛛がいるって?出してもらえる?」英語でそういった。
「ホワイト?グリーン?それともキス?」
「黒い蜘蛛が居るでしょう?出して。」
那音は答える前に女たちを手で制した、後ろの男たちが駆けよって、女たちをはねのける。女は跳ねのけられて、ソファーのクッションに着地した。いつのまにかテーブルがどけられていた。
「ごめんディック、掃除した時にテーブルどけたの戻してないや。戻しておいてくれる?」
那音はそう言って背伸びして、棚からボトルを出している。
「蜘蛛を出せ。」今度は男たちが英語でそう言った。いつの間にか鉄パイプは男たちの手から消えていて、代わりに赤、黄色、紫、それからピンク色の一輪のバラに変わっていた。
「何色?」那音が聞いている。
「黒だ。」男が答える。
「ごめんなさい。ブラック・スパイダーってレシピを知らないんです。オリジナルで良い?」
僕は女たちの前にテーブルを引きずりながら、いつでも男達にとびかかれるように、聞き耳を立てている。
「うるさい黙れっ」男がカウンターの上で腕を振った。男の腕がミントリキュールにあたるすんでのところで、那音がボトルをひいたものだから、その腕は後ろに立っていた男の顔にあたった。「こら師匠、わざとでしょ。」那音はそう師匠をたしなめて、シェーカーを振っている。
出来上がった順にグラスに注いで、少し考えている様子で首をかしげた。
「ねえ、お願いがあるんだけど、これを、あちらのお姉さま方のところに持っていってくださる?はい。」
そう言って赤いバラの男にホワイト・スパイダー、黄色のバラにはグリーン・スパイダー、紫にはスパイダー・キッスを手渡していく。最後にもう一度小首をかしげて、先ほど当たったこぶしのせいで鼻をさすっているピンクのバラの男に
「あなただけ何もなしってのもね。これはあそこのテーブルに飾っておいて。」
そう言って、さっき作ったレインボーを持たせた。
男たちは目を白黒させて、女たちの前にそれを差し出した。
「そこで待っててもらえる?すぐに作るから。」
那音は彼らに声をかけて、リキュールを数種類、棚から出している。
男たちは毒気を抜かれて、僕が差し出した椅子に腰かけて、それぞれのバラを眺めている。女たちは渡されたグラスを持ったまま、それを眺めている。
テーブルの上でレインボーが手持ち無沙汰にしている。
赤いバラの男には「レッド・スパイダー」
黄色いバラの男に「イエロー・スパイダー」
紫のバラの男には「パープル・スパイダー」
ピンクのバラには「ピンク・スパイダー」
そう言ってグラスを並べて、テーブルに椅子を引き寄せて座った。「ディック、そこの2杯持ってこっちに来てくれる?」
僕がグラスを持っていくと、もう一つ椅子を引き寄せて、いったん二つとも受け取った。
僕が那音の隣に座ると、「ガーディアン・スパイダー」そう言って、グリーンオリーブの入った方を僕に手渡した。
ブラックオリーブが飾られたクラスを掲げて、「それで、これがブラック・スパイダー」
「乾杯しましょう。」
那音がグラスを差し出すのに僕が合わせる。四人の男と三人の女がおずおずとグラスを差し出してそれに合わせる。
那音がひといきにグラスを飲み干して、テーブルに置くと、グラスの中で黒いオリーブが転がった。僕もあわててグラスを飲み干して、テーブルに置いた。僕のグラスの中でもオリーブが転がって、二つのグラスに師匠とJudeがぴょんと乗る。
三人の女と四人の男は一口だけ口をつけて、グラスをテーブルに置いた。
「それで、この子たちが私たちの相棒、師匠とJude。どんなご用件?」
那音がオリーブをつまんで口に放り込むのを、僕もまねしてオリーブを嚙んだ。
「ここに来れば蜘蛛が手に入るって聞いて。」
「あなたたちだけ蜘蛛を持っているなんて不公平よ。手放すべきだわ。」
ピンクのバラとグリーン・スパイダーが同時に口を開いた。
「俺たちの国を取り戻すんだ。俺たちの権利だ。」
「持っていない人のことを考えなさい。不平等じゃない。」
またしても、紫のバラの男とスパイダー・キッスの女の声がそろう。
「蜘蛛を手に入れる条件がSEXの体験だなんて汚らわしい。」
「蜘蛛を持ってるってだけで偉そうにしやがって。」
今度はホワイト・スパイダーの女と赤いバラの男の声がそろった。
僕と那音はな、ぜだか少し、苦笑い。
「なんだって、戦争の代わりにサッカーやらチェスやら、挙句の果てにはカバティで国境線決めてる世界になっちまったんだよ。」赤いバラの男が喚いた。
那音と僕は、カクテルピンを手の中でくるくる、もてあそんでいる。
スパイダー・キッスの女に那音が目をやると、彼女が口を開いた。
「あなたたちのしあわせを押し付けてる。不公平よ。そんな力、なくなってしまうべきだわ。貴方たちの正しさを押し付けないで、世界はもっと公平で、誰もが同じに感じられるべきなの。誰でも自分のままで、生きやすい世界を目指す邪魔をしてる。」
那音は話を受け流す努力をしながら、指先でリズムを刻んでいる。
人差し指で二回、軽くテーブルをたたいて、中指で一回強くテーブルを打つ。
トントンタン・トントンタン。
そして突然、歌いだした。
“Buddy, you’re an old man, poor man
-We Will Rock You-Queen(1977-10-07)
Pleading with your eyes, gonna get you some peace someday
You got mud on your face, big disgrace
Somebody better put you back into your place, do it!”
レインボーのグラスを引き寄せて、
「違う人なんだもの、それぞれ違ったおいしさがある。それが重なり合ったら、こんなにきれいなカクテルになるの。」
そう言って、グラスを光にかざして眺めて、テーブルに置いた。
「重なり合ったところが特に、少しだけ滲んで、とってもきれい。」
カクテルピンをグラスに刺して、
「でもこうやって、無理やり混ぜて同じにしようとしちゃうと、こんなになる。」
那音がカクテルピンを回すと、グラスの中で色が混ざり合って、絵筆を洗った後みたいなくすんだ色に変わった。
「それに、こうなっちゃうとすっごく、おいしくない。」
那音はカクテルピンを顔の前でくるくる回して、僕の方を見る。
僕はレインボーだったものを手に取って、飲み干した。
ごちゃまぜに混ざり合ったあまさが、舌にまとわりついてくる。
それを振り払うために、僕は歌った。
“We will, we will rock you”
子供用の風邪薬みたいなあまさに顔をしかめて、僕は歌った。
“We will, we will rock you”
レインボー
グレナデンシロップ 適量
グリーンミントリキュール 適量
マラスキーノ・リキュール 適量
パルフェ・タムール 適量
ベネディクティンDOM 適量
シャルトリューズ・ジョーヌ 適量
ブランデー 適量
ロンリコ151 適量
リキュール・グラスに順にゆっくり注いでいき、層を作り、ストローを添えて提供
混ぜて飲んでも決しておいしいものではないので、各層をストローで飲む。
ガーディアン・スパイダー(ギムレットにグリーンオリーブを飾る)
ジン 45ml
ライムジュース 15ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ。
カクテルピンに刺したグリーンオリーブを飾る。
ブラック・スパイダー(ウォッカマティーニ:黒オリーブバージョン)
ウォッカ 45ml
ドライベルモット 10ml
レモンピール 1片
黒オリーブ 1粒
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ。
カクテルピンに刺した黒オリーブを飾り、レモンピールを軽く搾る。
ホワイト・スパイダー
ウオッカ 40ml
ホワイト・ミント・リキュール 20ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ
グリーン・スパイダー
ウオッカ 45ml
グリーンミントリキュール 15ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ
スパイダー・キッス
ブランデー 20ml
コーヒー・リキュール 20ml
生クリーム 20ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ
レッド・スパイダー
ウオッカ 30ml
クレームドカシス 30ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ※那音オリジナルカクテル
イエロー・スパイダー
ウオッカ 45ml
シャルトリューズ・ジョーヌ 15ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ※那音オリジナルカクテル
パープル・スパイダー
ウオッカ 45ml
パルフェ・タムール 15ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ※那音オリジナルカクテル
ピンク・スパイダー
ウオッカ 30ml
ホワイトキュラソー 15ml
クランベリージュース 15ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぐ※那音オリジナルカクテル
